上段回し蹴りで「柔道王」篠原信一を倒してみる⑤
前回のあらすじ
大の大人二人が、雨の公園で泥レスリング中。
篠原信一はネクタイをゆるめ、ジャケットを脱ぐ。
私はジャケットが乱雑に舞い落ちていくのを見咎め、
「へぇ、お高そうなジャケットを泥まみれにしてもいいのかい?」
私は相変わらず軽口を叩くが、彼は、
「君を本気で投げるのに邪魔なだけだ。君もそのシャツを脱いで構わん。シャツがあろうとなかろうと、投げ飛ばすだけだ。」
篠原さんは事も無げに言い放つ。
圧倒的な実力と自信が、その台詞を言わせるのだろう。
私はフッと嘲笑し、
「いや、私はこのままでいい。ちょうどいいハンデだろう?」
すると篠原さんは顔を歪め、腹の底から絞り出すかのように言った。
「ここまでコケにされるとはな。俺もナメられたもんだ。」
私は途端に真顔になり、
「あのシドニーオリンピックであんたが誤審で負けたよな?
その時、「俺が弱いから負けた。」と言い切った。
その男気に、私も男気で応えたい。それだけのことさ。」
やや感情を高ぶらせて言うと、篠原さんは破顔した。
「はっ、雨の中を公園で待ち伏せしといて言う台詞かよ。」
「ああ、全くもってそうだな。でも、こんなケンカもあっていいだろ?」
篠原さんはひとしきり笑った後、柔道特有の構えをした。
「君は変なところで面白いな。だが本気で投げる。」
俺も空手特有の構えをし、
「ああ、かかってこい。逆にあんたを蹴飛ばしてやるよ。」
と憎まれ口を叩く。
さぁ、言葉を交わす時間は終わった。後はお互いの体を破壊する時間だ。
雨の中を二人が同時に動く!
お互い獣ばりに速度をあげ、相手をとらえー、
ずっこけた。
忘れてた。今、ここは靴もぬかるみにはまる程、泥だらけの場所だった。
こんな劣悪な場所で、足を全力で踏み込めば、ずっこけるに決まってる。
思わず、私も篠原さんも赤面する。
だがお互いにすぐ気を取り直した。
「泥」という、バランス感覚が最悪レベルまで落ちる場所で、いかに泥を把握し、いかに泥を制するか。
勝負の分かれ道はここだろう。
私は、先手必勝!ばかりに得意の下段回し蹴りをはなー、
ずっこけた。
下段回し蹴りを放つ以前に、軸足の左が
ものすっごい滑るよ!!!
見事に尻もちをついた私を篠原さんは見逃さなかった。
私の胸ぐらを掴むべく私へ向かってー、
ずっこけた。
篠原さんがこう叫ぶ。
「無理!ものすっごい滑るよ!!!」
篠原さんの体を支えるべく、両手が地面についたまま。
彼は今ノーガード!
私はこのチャンスを逃さず、突きを入れるべくー、
ずっこけた。
勢い余って、よりによって篠原さんに覆いかぶさる形で私は倒れた。
私はここで致命的なミスを犯したと悪寒が走った。
「柔道の寝技」。
三角絞め。
腕ひしぎ十字固め。
袈裟固め。
横四方固め。
上四方固め。
縦四方固め。
崩れ袈裟固め。
この数多くの寝技をマスターした「柔道王」篠原信一。
当然、篠原信一は寝技に入る。熊の如く腕力で私を締め上げる。
私は体の自由を奪われー、
なかった。ヌルっーで脱出した。
雨による水分。泥による粘度。加えて男の汗。
これらにより摩擦力がゼロに近くなった結果、寝技から脱出することが出来たのである。ヌルヌルするうなぎを手で掴みにくいアレの要領で。
辛くも(?)寝技から脱出した私は、距離をとり、再び篠原さんと向かい合う。
篠原さんは最初は呆れ顔をしていたが、
「そろそろお遊びは終わりにしようか。」
次で終わらせる。そんな顔をしていた。
いいだろう。私もそろそろ終わらせたい。
いい加減、泥レスリングにうんざりしていたところだ。誰得だ。
篠原さんとの泥レスリング笑で、滑る感覚を体で覚えた。足を踏ん張りどころ、腰の回転のタイミングはほぼ掴んだ。
恐らく篠原さんは得意技、大外刈りで決めるだろう。
それに対して、私は上段回し蹴りで決める。
狭まる距離。闘志と闘志のぶつかり合い。肌を切り裂くような緊張感。
しかし、私は勝利を確信していた。
私の仕掛けた罠に、篠原さんは気づいてない。
私が勝てる唯一の勝機はここしかない。ここで仕掛ける!!!
次回、決着!!!
文字数1667文字
所有時間1時間52分