上段回し蹴りで「柔道王」篠原信一を倒してみる⑥
前回の続き。
大の大人二人が泥レスリング中。
その光景を、たまたま通りかかった母と息子が目撃する。
「ねー、ママ、あの人たち雨なのに抱き合ってるよー。」
「こらっ、マー君!見るんじゃありません!」
「僕ね、夜中にパパが知らないおじさんと、同じことをしてるの見たよー。」
「詳しく話しなさい。」 rle.hatenablog.com
私が先に動いた。
泥によるバランスの崩れ落ちを最低限に減らすため、
すり足の要領で篠原さんに近づく。
パンチの距離が射程内に入り始めると、
私は脇をしめ、
軸足の左足をねじり、
腰をまわし、
手首のスナップを効かせ、
回転を最小限に押さえ、
篠原さんの顔面をめがけ、
「一番速いパンチ」左ジャブを放つ!
左手に手応えを感じた。確実に人間の顔を殴った感覚がする。
なのに。
私の左シャブをくらった篠原さんは思いっきり「?」顔をしていた。
私は予測していたとはいえ、顔をしかめる。
やはり、この人は桁違いにタフなのだと。
篠原さんはいつも100キロ超えの選手を投げてきた。
しかしそれと同時に投げられもした。大外刈なり、背負い投げなり。
100キロ超えの体重が、自分の体全体に乗っかかり、押し潰す。
その痛みは筆舌に尽くしがたい。
篠原さんはその痛みに耐え続けてきたのだ。
私の左シャブが効かないのも、頷ける話だ。
それでも私は攻める!
だめだ。私の左ジャブではダメージが少ない。
仕方ない。そもそも左ジャブはストレートやフックみたいに腰の回転を大きく使わず、力を抜いて放つパンチだ。当然威力も少ない。
しかし、私にはこれしかない。
泥があらゆる攻撃の動作を殺す。ヌルっと滑る。踏ん張れない。
ならば、ヌルっと滑らず、踏ん張る必要が無い攻撃をすればいい。
それが「左ジャブ」だ。
幸い、篠原さんは柔道一本で、他の格闘技を身に付けていないか、私の攻撃に対応できていない。
これ幸いに、続けて三撃目を放つ!
相変わらず効いてない。しかし相手は人間だ。倒れるまで殴ればいい。
この単調な攻撃で攻め続ける!ひたすら!
しかし、シドニーオリンピック柔道銀メダリスト。
もう私の攻撃に対応してきた!
篠原さんの腕が私めがけて伸びる!
有り得ないほど高速の踏み込み後、私の胸ぐらを掴む!
私は咄嗟に、
ヌルっと逃げた。
篠原さんは( ゚д゚)ポカーン顔をしている。
当たり前だ。組んだと思ったら、ヌルっと逃げられた。
泥+水分+男の汗で、ここまでヌルっとなるのは想定出来なかっただろう。
こんなの初体験に決まってる。
私はこの篠原さんの動揺を見逃さず、すぐさま立ち上がり、
攻める!
攻める!攻める!着実に左ジャブでダメージを与えていく。
私の猛攻に焦った篠原さんが詰め寄るも、
後方に避けた。
泥+水分+男の汗を利用して、ヌルっと。
そもそも、彼が突進してきた時点で避けるのは容易い。
柔道は攻撃パターンは決まっている。
相手の懐に入り、投げる。
それだけである。
だから相手が動いた時点で、組み合わずに避ける。
それだけで簡単に避けられるのである。
彼の手が虚しく空を切る。
それと同時に、私は一方的な反撃に出る、
ひたすら攻める!
その時だった。
「いい加減にしろ。」
猛獣をも怯ませる。
そんな殺気に満ちた表情の篠原さんが私を見据え、こう言い放つ。
私は一瞬すくみかけるが、彼の気迫に負けず、逆に睨みつける。
竜虎対峙する。
私はその言葉を真の意味で理解した。
そして。
勝負は一気に動き出した!
その時、私は驚愕した。
この人、わざと受けただと?避けもせず?防ぎもせず?
何故?どうして?おかしい。何かが確実におかしいぞ。
猛烈に嫌な予感がー、
抱きしめられた。
赤ん坊を抱くが如く、優しく抱きしめられた。
篠原さんの吐息が私の顔にかかる。やけに生暖かい。
普通なら同性にギュッとされるのは嫌がるが、私は別の意味で嫌がった。
ヤバイ。ヤバ過ぎる。
私の頭の中を警鐘が鳴り響くが、何も出来なかった。
私が必死に振りほどこうとする前に、押し倒される。
あっという間だった。
私の目線が空を捉え始めた時、初めて押し倒されたと気づいた程。
私の背中が地面に接地した瞬間、
腹を刺された。
篠原さんの膝が、私の腹を刺した。
膝蹴り。
膝は堅く鋭い部位である。第三のパンチと言われる程の威力を誇る。
体当たり的に体重を乗せることによって、威力をより増す事が出来る。
それを。
130キロの塊が。
私の腹を。
押し倒すようにして。
刺した。
その瞬間、私の内臓が確実に破裂される音を聞いた。
痛みは感じなかった。その代わり、腹の感覚がなくなった。
息が出来ない。呼吸が出来ない。酸素が行き渡らない。
血が、私の意志を無視して口から流れ出る。
脳内の「動くな!」という電気信号が強制的に垂れ流される。
次第に私の意識がシャットダウンしていくー。
前回の記事で決着といったな。あれは嘘だ。ごめんなさいm(_ _)m
なので、次回で本当に決着です。
文字数2017文字
所有時間3時間24分(←絵を描くのが絶望レベルで遅かったため)