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上段回し蹴りで地球を救うふりをするブログ

読者たちが「クスッ」と笑えるようなおバカブログを書いています。あ、上段回し蹴りと地球は全くないです。

少年のボクがあの日見た「三角木馬」を今でも忘れられない

もうタイトルからご理解いただけるだろうが、今回の記事も100%下ネタである。今では「そこがいい!」とご応援をいただける方々が日々に少しずつ増えてきており、私としては嬉しいやら悲しいやら。この愛すべき声援に応えるべく、調子にのってガンガン下ネタ系記事を書き続けたいが、そろそろはてな運営さんに消されそうで、怯える今日。よい子のブロガーは気をつけよう!(はぁと)

 

さて三角木馬といえば、SMプレイで有名なあれ。よくSM系のAVとかで登場するあのあれ。お馬さんの木製バージョンで、本物と違う点といえば背中がとんがっているあのあれ。とんがっている背中がポイントのあれ。確実にテストで出る範囲レベルのあれ。このお馬さんが一番活躍するのがこの背中のあれ。

 

とある薄暗い地下室、誰も助けがこない、悲痛の祈りさえ届かない場所。そんな小さな小さな、また一つの世界で、両手両足の自由がきかないよう、きつくしばられている女性が。

その女性を天井のロープで吊し上げていき、そこからお馬さんの背中と合わせるべく、女性が少しずつ、そっと、確実に降ろされていき、最終的にはくいこm・・・

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そんな妄想を私は昔していた。いわゆる思春期の芽生え、第二次性徴期。簡単にいえばムラムラし始めた期間の最中だった。

当時、性の喜びなるものをろくに知らなかった、初めての自力発電を済ませたばかりだった。あの白い液体にガチでビビり、「とりあえずティッシュで」と本来からかけ離れた使い方を覚えたばかりだった。

 

その頃だった。私が聖なるものを性なるものとみなし、とにかく「おなごの裸が見たい!」といわゆるエロパワーで、あちこちをギラついた目で見ながらさまよっていた。今は知らないが、昔の少年といえば「公園あさり」が主なフィールドワークだったと思う。ポケモンGO!で珍しい未知なるポケモンを求め、あちこちをさすらうあのあれと同じだ。私の場合はエロ本を求めていたが。

 

今は知らないが、昔ムラムラし始めた少年の魂をなだめる場所が存在した。そう、「公園」だ。昔から公園はエロに目覚めた少年たちが初めて降り立つ戦場。「次は君の番だ!」と伝統を受け継ぐ場所。文化の受け渡しの場所。大人から子どもへ、大人から少年へとプレゼントする場所。昔の少年だった私たちにとって公園はその認識でまかり通っていた。そう、人気ない場所にエロ本やらエロビデオやらが落ちていた、そんな公園。私たち少年にとって、公園は聖なる場所、いや性なる場所だった。

 

その神からの数少ない恵み物を、私たち少年は奪い合っていた。争い合っていた。たとえエロ本が古くても、汚れていても、雨でベトベトに濡れていても、とある場所がやたらカビ臭くても、はてはページとページが張り付いているところがあっても、とにかく私たちはそれが欲しかった。もみ合っても、奪い取ってでも、みなごろしにしてでも、とにかく欲していた。

 

そんなある日。私はいつものように公園をさまよい、エロ本を求めていた。すると声にならない声が聞こえてきた。まるで小人が声にならない声で「コッチオイデヨ」と私の耳にささやく、あれに似た感覚だった。私はそれに導かれるかのようにして、人気のない場所へ出た。

そこで発見した。私の魂をなぐさめるものと出会った。私が長年求めていたものを。長年会いたかったものを。長年手にしたかったものを。やっと私は手にした。うん、エロ本を。

私は死ぬ程嬉しかった。今は顔も思い出せない親戚のおば様からもらったお年玉を手ににんまりと笑顔を浮かべる、その極上の嬉しさと同格だった。

私はすぐさま人目を確認し、荒々しく息をつき、震える手を必死に抑え、獲物をしとめるかのような視線でエロ本の内容を確認した。ページをめくった。

その時電流が走る!(主に私の股間が)

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私は見た。見てしまった。麗しき女性が三角木馬責めにあっているシーンを。これは初めてだった。こんなモノがあるのか!と感動すら覚えた。いつだって初めて見る、素晴らしき芸術には畏敬の念を覚え、恐れさえ覚えるものだ。少なくとも私にとってはそうだった。

 

当時、私のパパンとママンはまだまだ盛り中で、たまにだが家の中に隠していた近藤さんを見つける時があり、とにかく我が家は性に関してはダブーの時期があった。

そんなところへエロ本を戦利品として持ち帰れず、私は非常に悔しかった。涙さえ出た。やっと私が追い求めていたものを。エロ本を家に持って帰れないのなら。

私が出来ることはただひとつのみ。そう、今、この場所で、この時間で、魂レベルで私の記憶に刻む!

受験勉強よりも極限に研ぎ澄まされた集中力と記憶力を総動員し、ひたすら三角木馬責めのシーンを私の脳裏に焼きつける!

女性の恐怖に歪みつつもどこか光悦する表情を。ネチネチとゲス顔で見つめるマスク男を。ムチとろうそくを片手に持っているマスク男その2を。泣きながらみつめる旦那さんらしき男を。

とにかく私の海馬やら扁桃体やら大脳皮質やらに、精一杯保持させた。私の人生のメモリを全て使い果たすかのように。

96分後。

まだ少年で未熟だったが、それでも頑張った。やり切った。完走した。私の記憶に一生残す難題をやり遂げた。自分で自分をすごいと思った。

気持ち的にはあの伝説の傭兵、ダンボールさんのあの人。彼のように「任務完了」顔を決めた私は興奮と満足を胸に秘め、すっかりオッキしていた私の下の息子を必死でなだめながら、公園を後にした。その後?聞かないでおくれよ。

 

 

 

 

 

後になって、やはり忘れられない恋人の後姿を追い求めるように、もう一回あの場所へ訪れてみたが、あのエロ本はなかった。

私は脱力でひざを地面につき、焦点の合わない目を天に向け、失ったものの大きさをこの身で初めて知った。失うものの辛さと痛みを痛感した。取り戻そうにも、もはや誰にも不可能。神でもない限り。いつだって失ってから初めて知ることは多い。昔も今もそして未来も。

 

今思えば、あの経験が私の青春の始まりだったような気がする。下の毛すらろくに生え揃っておらず、まだまだ「下の毛が生え始めたばかりの小生意気なボーイ」として通用する頃だった。「おねぇさん、ボク病気なの?」と涙目を浮かべながら、何らかの液体で固まった白いブリーフを差し出し、その手の方々を大狂乱させる、大変貴重でかけがえのない頃だった。

そんな私が目覚め、聖なるものから性なるものへと変化し、それをひたすら追い求める私のお下劣な青春物語が始まったばかり。

 

と。

今回のお話は、私が性の喜びなるものを知ったばかりの少年のお話。今はネットやらスマホやらで「エロ」とたった2つのカタカナ文字を入れるだけで、少年たちはすぐに性の喜びを知ることができる。

しかし私のような昔の時代は、「エロ」を求めるのにどれだけの努力を要したか、どれだけ苦しかったか、どれだけ我が拳を血で塗り固めたか、とにかく至難な時代だった。エロに厳しい時代だった。ヒステリーなおばはんが「ハレンチざます!」と声高に叫ぶ時代だった。性の喜びなるものを知るのが難しい時代だった。

でも。だが。

やっぱり昔はよかった。

どんなに下品だろうが、イヤらしいだろうが、ハレンチだろうが、わいせつだろうが、やはり昔のエロスは輝いていたような気がする。

少なくとも今のような。洗練されていて。あっと驚くような美女たちが。キレイなおねぇさんたちが。服を脱ぎ。白い肌を見せ。女性の秘所のアワビ貝をく◯ぁぁさせ。簡単にご開帳させてくれる今のエロスよりも。

わざとらしくて、あざとくて、下品で、しつこく、女優さんもブサイク気味で、モザイクがやたら多くて濃かった昔のエロス。そんなエロスが少年たちの夢となり、明日の生きるエネルギーを与えてくれた。慈愛の母の如く、私たちにひたすら希望を与え続けてくれた。

私は声高に言いたい。今こそ言いたい。魂から湧き出る何かを言いたい。

ありがとう!あの三角木馬のエロ本さん!おかげで私はこうして今も生きています!はてなブログ界を汚す記事を投稿しています!とにかくありがとう!

 

 

 

 

 

オチとして

あの日見たエロ本の題名をボクはまだ知らない。

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以上ー!

 

文字数3335文字

所要時間1時間54分