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上段回し蹴りで地球を救うふりをするブログ

読者たちが「クスッ」と笑えるようなおバカブログを書いています。あ、上段回し蹴りと地球は全くないです。

ユーチューバーのヒカルさんめ、私の下の息子をチョキンとされる可能性を作りやがって!

今日たまたまネットニュースを見て、ある記事に私は非常に驚いた。

 

有名ユーチューバーであるヒカルさんが、祭りの屋台のくじ引き屋で全てのくじを買い占め、その結果、一等や二等などの当たりくじが100%出ないという検証をされた。

 

屋台の主やヤクザさんらしき方と揉めた一部終始をネットにアップし、ヒカルさんは最後に「これが祭りくじの闇ですよ!」「当たりないですよ!」「もう金をむしり取るしかないからな!」と言い捨て、場を去って、この動画は終わり。

 

動画を見た私としては「ヒカルさん、なんてことをしてくれたんだ!」と非常に危惧感を持った。

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私は別に問題のくじ引き屋の店主の肩を持つ気はない。むしろ「これは詐欺罪にあたるじゃん。あの店主、悪人やんけ!」とすら感じた。途中で登場したヤクザさんらしき方も、自分の行為を正当化し、怒って場を誤魔化そうとしており、悪人そのものだった。

 

しかし問題点はそこではない。詐欺罪とか、悪人とか、どうのこうのではない。

 

ヒカルさんは「公の場では公表出来ない悪事」を「正義感」でネットにさらしてしまった。これは超やばいと私は感じた。もっともヒカルさんが本当に正義感で告発したのか、あるいはアクセス数稼ぎなのか、答えは当人にしか分からないが。

 

でもヒカルさんの行動に賛同し、「正義感」の名の下に、ユーチューバーたちや若者たちがスマホで悪事を撮影し、それをネットにアップする。

 

ヒカルさんはその流れを促してしまった。恐らく、今後はネットで「悪事を許さない!」を口実に、様々な悪事が叩かれるだろう。

 

無論、私は悪事を奨励する気は毛頭ない。しかし、悪事を働く方が必ずいるのも事実。大半は生活のためかもしれないが。でも悪事が発覚すれば社会的に裁きを受けるのは至極当然。この日本は法律国家だし。

 

でも感情的にならず、冷静に考えてみてほしい。

 

仮に「正義感」でネットを中心に、悪事のほとんどを明るみにしたとしよう。もし悪事のほとんどが明らかにしたら、100%日本は混乱の極みを迎える。国家としての機能が麻痺することはまず避けられない。

 

本来「正義感」は「不正や悪いことを憎み、本来正しいものを正すもの」とされ、真面目に社会を生きている人たちにとっては心強い味方。

 

しかし。

 

その正義感はあくまでも「主観」であり、時代とタイミングで変わってしまう、極めてあやふやなもの。このことに気づく人は少ないと思う。むしろ「正義」を声高く叫ぶ人を私は基本的に信用していない。

 

そもそも日本には色々な闇というか、悪事がある。違法博打、部落問題、在日問題、カルト宗教。数えればキリがない。

 

でも。

 

「正義感」を武器に、悪事を働く人をフルボッコにする。これは一種のいじめではないだろうか。社会的裁きを受けさせるのは分かるが、精神の極限まで追い込むのはいかがなものだろうか。

 

現に、犯罪を起こした加害者の家族の末路を見てほしい。加害者本人が悪いのは当然だが、本来は無関係な家族までも悪人扱いされているのが、今の現実。

 

例え話をしたい。私も昔は悪事に巻き込まれたことが何回かある。

 

悪友に無理やり賭け麻雀に誘われ、2万円をカモられたことがある。当時は麻雀のルールをロクに知らず、点数の数え方すら知らなかった。好奇心で参加し、初心者の私は見事にボロ負け。

 

当時は若くて純粋だった私は呆然とした。さすがにカモった友人は罪悪感を覚えたか、いくらかはお金を返してくれたし、ご飯もおごってもらった。しかし私の中では「もう二度と賭け麻雀なんてしない!」と心の中で固く誓った。

 

また、ある風俗店のボーイに「お兄さん!めちゃ若くて可愛い子いるよ!今なら安くするよ!」と誘われ、私はホイホイとついていった。その結果、綺麗に年を重ねられた、分かりやすく言えばババァを掴まされ、当然私は抗議し、支払った料金の返金を求めた。

 

しかし一切無視され、無理やりプレイを始められた。私のおチンチンは戦意喪失していたが、最後は結局絶頂を迎えた。「悔しい!でも感じちゃう!ピクンピクンッ!」と。でも悪い人に騙された感は残った。

 

このように人を騙し、悪いことをする人はいる。でも私は逆に問いたい。「あなたは今日に至るまで、悪事を一切働かずに生きてきたか?」と。

 

恐らく「うん!」と答える方は少ないだろう。私だって「はい!」と胸を張って答える自信はない。

 

信号無視やゴミのポイ捨てなど小さい悪事はともかく、いじめやお金絡みなどのガチ悪事を働いた人は一定数上いるはず。

 

「清濁併せ呑む」という言葉があるように、善人も悪人も受け入れる心の器の大きさが社会的に必要だと思う。そもそも人間は綺麗事だけで生きていける訳がない。もし綺麗事だけで生きてきた方がおられたら、私は気持ち悪がるし、一緒にお酒を飲みたくもない。

 

私のこの感覚は分かる人には分かるし、理解できない人は理解できないと思う。私自身、うまく文章化出来ず、もどかしい思いをしている。

 

でもこれだけは言わせてほしい。

 

ヒカルさんは「光(ヒカリ)をより強くし、より闇(悪事)を強くさらす」という流れを作ってしまった。

 

「正義感」の名の下に、ユーチューブやツイッターなどのネットで、私的制裁が流行し出し、より日本が閉塞感や窮屈で包まれていく可能性を作り出してしまった。

 

もしかしたら、私の男の娘命が周囲にバレてしまい、「アキトは変態や!制裁せなあかん!」と「正義感」を武器に私を糾弾し、私は十字架にはりつけされ、泣き叫ぶ私を無視し、私の下の息子をハサミでチョキンと切られ・・・。

 

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その可能性が出来てしまった今、私は自身の下の息子を優しく撫でて「出来るだけ多く男の娘と交際させたるからな!」とこっそり呟いた、そんな今日。

 

以上~。

 

文字数2375文字

所要時間1時間25分