私の狂気の拳を体を張って受け止めてくれた、そんなやらない夫②
前回のあらすじ。
やらない夫。カッコいい。抱かれたいと思った。アタシ男だけど。
「嘘だろ?」
そんな言葉が咄嗟に私の口からこぼれた。
目の前にいるのはやらない夫。やらない夫は非常に痛々しい顔をしていた。
これが意味することを理解するのに数秒間はかかり、ようやく私は悟る。
やらない夫よわっ!!?!
真逆の思いだった。
私が空手を習い始めて三ヶ月目。初めてやらない夫との組手(スパーリング)をすることになり、私は異常な緊張感に包まれていた。ビビっていたと言ってもいい。
あのやらない夫だぞ?
あの上段回し蹴りを放てるやらない夫だぞ?
勝てるわけがない。実力も迫力も違いすぎる。
ボコボコにされるのは覚悟し、せめて一矢だけは報いてやる!
そんな悲壮感を込め、私は組手開始同時に、やらない夫に拳を叩きつけた!
完全に力任せの突きだった。フォームもへったくれもなかった。
それなのに。
やらない夫はそれで吹っ飛んだ。文字通り吹き飛ばされたのだ。
私は一瞬理解が出来なかった。
えっ?と声が漏れていたと思う。
いや、私はそんなに強く突いたのか?それにしてもこの吹っ飛びようはおかしい。まるでボールを叩いた感触じゃないか。
混乱のまま、とりあえず蹴りを入れてみる。
するとまた、
この時点で、絶対おかしいと私は確信を抱いた。
決して私が人並み外れて力強いわけではない。普通よりやや上だ。
なのにやらない夫はよく吹っ飛ぶ。
この原因について推理し、あっさりとこの結論が導き出されてしまった。
やらない夫の体が軽すぎる
と。
よくよく見れば、やらない夫は180cm近い長身の割に、スリムだった。
空手着で隠れていたのもあるが、体重は軽量級(70キロ以下)だとひと目で見て取れた。
脂肪が少なく、引き締まった筋肉質だろうと、私はそう思い込んでいた。
でも、実はやらない夫は文字通り、ガリガリたっだのだ。
恐らく体重は62~64キロしかないと思う。私よりも背は高いのに、体重は私よりも10キロは軽い。要するにやらない夫はパワーがないのである。
正直、その後の組手は話にならなかった。
やらない夫を突く・蹴ると、面白い程に吹っ飛ぶ。
次第に私の顔は負気味なまでに大きく歪んでいった。
あのやらない夫を圧倒出来ている。
突けば突くほど、吹っ飛ぶ。蹴れば蹴る程、動きが鈍る。
私は調子になって、どんどん攻めてみた。
次第にやらない夫の動きが鈍くなっていき、私への攻撃も減ってきた。
余りにもの手応えのよさに私は冷静になり、やらない夫を観察した。
明らかに逃げ腰だった。私が追い詰める度に後ろに逃げていた。
最初はいいストレス解消相手が出来た!と嬉々していた私だが、
なんか申し訳ない気持ちになってきた。
稽古とはいえ、手加減してしまう。それ程までやらない夫は弱かった。
こうして、私の一方的な、組手にならない組手は終わった。
断っておくが、やらない夫は他の道場生にも一方的にやられていた。
私はやらない夫に対する評価は暴落していた。
まさかあそこまで弱いとは・・・。ずっと見てきたやらない夫は何だったの?
そんな私のやらない夫へ失望を見透かしたのか、M先生に後で呼び出され、信じられない事実を知らされた。
その時の私は、自分でもさぞや滑稽なまでに、驚きの顔をしていたと思う。
「やらない夫は骨粗鬆症(こつそしょうしょう)だったんですか?!」
※骨の太さは変わらないまま、骨密度がスカスカで骨が折れやすい病気
続く。