上段回し蹴りで「柔道王」篠原信一を倒してみる⑦
前回のあらすじ
大の男二人が雨の中、公園で泥レスリング。
それを見た子が、「パパも知らないおじさんと同じことやってるよ」と発言。
お母さんが発狂し、スマホを取り出し、夫に問いただす。
そして、本当はお父さんが不治の病で、体を動かすのも苦痛だと判明する。
しかしそれを家族に見せたくなかった。悲しませたくなかった。
だから夜にこっそり整体師を呼び、整体マッサージをしてもらっていた。
お母さんはスマホに向かって、大声で叫ぶ。
「バカッ!本当にバカッ!マッサージなんて私が毎日してあげるから!」
これを見たマー君は、これが本当の愛なのだと、子供心なから悟った。
そんなヒューマンドラマを知らない当の本人たちはー、
「もうよせ。決着はついた。」
篠原さんは冷ややかな目で、私を諭すようにして言った。
確かに私の体は瀕死状態だった。
未だに意識が朦朧する。呼吸もままならない。息を吸う度に、腹が千切れる程の痛みに襲われる。立ち上がろうにも、腹が言うことを聞いてくれない。まるで腹に丸太を突き立てられたかのようだ。腹の中の異物が私を着実に、現行進行形で破壊している。
しかし、私は彼を睨み。
そして。
立ち上がった。
篠原さんは、
「・・・お見事。」
と心の底から、こう漏らした。
自分は本気を出した。柔道家としてのあらゆる技術を駆使した。
体を解体する。それ程の痛みを彼に与えた。
なのに。
この自分の渾身の一撃を耐え切った。立ち上がった。
もし自分が逆の立場だったら、心折れていたに違いない。
立ち上がったその根性と気合は本物だろう。
・・・これほどの意志を持った柔道家は何人いただろうか。
もし彼が柔道家を目指したのなら、きっとー、
「まだ俺は戦えるぜ?」
ばかりのファイティングポーズをとってみたものの。
だが、私の体は限界寸前だった。
先程から、痛い痛い痛い痛い痛い痛い。この感覚しかしない。
私の体がねじり巻かれているようだ。
くるみ割り器で押し潰されているようだ。
私の体中のあちこちにエラーが出ている。
でも戦える。なら戦う。
脳の停止電気信号を無視し、無理やり筋肉をきしませ、荒々しい呼吸を必死に落ち着かせ、相手をまっすぐ見据えた。
篠原さんはそんな私の闘志に、
「君の体はボロボロだ。これ以上戦うのは無益ではないのか?」
と、やや呆れ気味に言う。バーサーカーを見ているような目つきだ。
私はこの言葉に激しい失望感を覚えた。
私は奥歯をギリリと噛み、
「なぁ、あんたはケンカするのにいちいち利益不利益を考えるのかい?」
と言い放つ。
篠原さんはしばしの間沈黙した後、
「・・・分かった。その気持は汲み取ろう。ケンカ続行だ。」
と侍の顔をして、こう言った。
「へっ、あんたカッコいいな。俺が女なら惚れてたぜ。」
「ふっ、あいにく私には妻と子たちがいてな。悪いな。」
「なぁに、いいってことよ。さぁ、続きだっ!!」
私と篠原さん。ケンカ再開。
お互い詰め寄っていく。
篠原信一はこの時、こう思った。
まだやれるのか。まだこれだけ殴れるのか。
それに比べ、自分はさっきから意識が曖昧になりつつある。
物が二重に見えてくる。体の動きも鈍い。
まさか彼のパンチが効いている?左ジャブの蓄積が響いてる?
このままではこっちの方が負ける?
・・・仕方ない!もう一度押し倒す!
彼は後ろに逃げた。私の組手から逃れるためだろう。
しかし私は追い詰める!
その瞬時だった。
自分は信じられないものを見た。
彼が回転している!?
どうしてだ。どうしてなんだ。
この場所は泥なんだぞ。ヌルっといくんだぞ。ヌルっと!
なのに。
どうして回転できるんだ!?
決着はついた。
篠原信一の体が尻をつき、崩れ落ちていく。
私はこれを無表情に眺めていた。
彼は完全に気絶した。彼は負けた。
そして私は勝った。今回もギリギリでの辛勝だった。
彼は強かった。強すぎた。
あんだけ殴っても、まだまだ体力に余裕があった。
しかし、彼は気づかなかっただろう。
彼が脳震盪(のうしんとう)を引き起こしていたことに。
そう、私の左ジャブは彼のあごだけを狙っていた。
狙って何回も打ち、打ち、少しずつ彼の脳を揺らせていった。
たとえ5才児のパンチであっても、あごだけを狙って100発当てれば、どんなに強固な格闘家でも脳震盪を起こす。
そう、いくら筋肉を鍛えても、物理的に脳を鍛えることは出来ないのである。
そして脳震盪さえ起こせば、誰でも倒せる。例え、あの篠原信一であっても。
これにもう一つ。
私が滑る泥の上で上段回し蹴りを放てたのは、ある物を利用したからだ。
そう、彼のジャケットだ。
彼がジャケットを脱いだ時から、私はこれを狙っていた。
この脱いだジャケットで、上段回し蹴りを放つことを決めていた。
なぜなら、服の上だと摩擦力が大分和らぐ。
さすがに滑り感は残ったが、それでも見事に上段回し蹴りを彼のあごにクリーンヒット出来た。これも奇跡と言いようがない。
思えば、今回の戦いにおいて、私は何回も伏線を張っていた。
ヌルっと滑り、あえて蹴りが使えないアピールをした。
あごのみを狙っていることに気づかせないため、時々ヌルっと滑ることによって、攻撃を中断させ、パターンを読ませなかった。
あえて彼の大技をくらい、もう戦えない寸前まで追い詰められた。
脱いだジャケットの方に誘導した。
そのジャケットを踏むのを感覚のみで頼った。
その感覚を頼りの綱とし、上段回し蹴りを放った。
これらの伏線を戦いの最中に散らせていたのである。全ては勝つために。
それでも分の悪すぎる賭けだった。
それ程、篠原信一は強すぎた。
今回は奇跡的に賭けに勝ったが、次回は全く分からないだろう。
だが、今回の戦いで分かったことはある。
篠原信一。
あなたは本物の柔道家でした。
ああ、戦いが終わる(私の脳内で)。
思えば、死闘にふさわしいケンカだった(私の脳内で)。
これ程のケンカは今後は全く出ないだろう(私の脳内で)。
私は野良犬。今後もケンカを売り続けていく(私の脳内で)。
全ては私の闘志の赴くままに(私の脳内で)。
私は誰とも戦う!(私の脳内で)
私は勝利の余韻に浸り、ゆっくりと瞼を閉じた(私の脳内で)。
オチ
篠原信一さんをネタに使ってしまい、申し訳ございませんでした!m(_ _)m
私は篠原さんの気さくで面白いキャラが好きです!!!
後、何気に篠原信一さんがPSゲーム「龍が如く極み」にゲストとして出演されていて、うらやましい!!!
以上、終わりッッ!!!
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所有時間3時間00分