「耳をすませば」のあのカップルが離婚してたって
とあるチェーン店で、友人たち(全員アラサーのおっさん)と酒で盛り上がっていた時だった。
「おい、アキオ知ってた?「耳をすませば」のやつら、離婚してたって。」
私は驚き、動揺のあまり思わずビール瓶を倒しかけた。
「えっ、マジなの?あの「耳をすませば」のカップル?」
中学時代からの腐れ縁の友人は目をそっと落とし、
「うん、なんか三ヶ月前に決まったって。驚いたよなー。」
「そうなのか・・・。まさかあの人達が・・・。」
私は言葉を失った。
「耳をすませば」のカップルは、かつて私の学生時代にクラスにいたカップル。
文字通り、ジプリ作品クラスの美男美女カップル。
そして私の高校時代の天敵だった。
そのカップルはいつも仲むつまじい、自然と一緒にいる、いちゃいちゃ、ようするに青春を全力でエンジョイしている存在だった。
男友達とバカすることしかやることがなかった私からしたら、気に入らない、不純、いやらしい、周りが見えていない、そう、要するにうらやましかった。
私はそれを3年間、同じクラスで見せつけられてきた。クラス配分をした先生たちを私は今も恨んでいる。
カップルはとにかくカップルだった。悔しいことに漫画クラスの王道の純愛ロードをひた走っていた。
カップルが至近距離で見つめ合っていた時は、つばを吐きたくなり、
カップルがすれ違いから距離が遠かった時は、ガッツポーズをとったり、
カップルが手をつなぎながら下校中の時は、衝動的に自転車でひこうと思っり、
カップルの何気ない会話を、私達もてないグループは「どっちの家であはーんうふーんするかの相談してるんじゃね?」とゲス顔をしたりしていた。
そんなカップルも卒業後、あれ以来会っていない。
しかし私は「ああ、この人達は進学後も付き合いを続け、ゆくゆくは結婚し、子どもをつくるんだろうなぁ。」
と謎の敗北感と劣等感と虚無感を胸に秘め、やっぱり手をつなぎながら去りゆくカップルの背中に「ぜいぜいお幸せに」とギザったらしく祝福したりもした。
そんな私の予感は半分当たって、半分外れた。
カップルは結婚はしたが、まさか離婚するとは・・・。
「どうして離婚したん?」
私は少なからずの動揺といやらしい期待感を胸に隠し、友人に問いた。
友人は困った顔をして、
「いや、俺も詳しくは知らないけど、旦那さんよりも奥さんの稼ぎがよくて、それでいつももめていたって。」
ここまで聞くと、ヌードストリップ未体験の私でも分かってくる。
あのカップルは私と同学年。つまり同じアラサーでもある。
年を取れば取る程、気持ちよりお金の感情の方が勝ってしまうのは世の常だ。
ああ、人間はなんて愚かな生き物なんだろう!
さらに詳しく聞くと、
「あのカップルはかなりいいところの大学を卒業した後、彼は教授になるために大学院へ、彼女は働くために社会人への道を進み、かねてからの結婚をしたって。」
「旦那さんは研究生、博士号、助手までは行けたんだけど、非常勤講師でつまってるって。ちなみに給料は、よくて300万、悪いと200万らしい。」
「それに対し奥さんは、大手だけど純100度のブラック企業に入ってしまって、数年間は体や精神を壊しかけつつも生きのびて、今もバリバリ働いてるって。給料はやばいらしく、残業代セットの給料で軽く800万を超えるか超えないかって。」
「んで、旦那の稼ぎと不安定な仕事から、結婚はしたものの、子どもを作るのを諦め、それをきっかけに、奥さんの旦那へ対する口撃が始まったらしい。
「あなたどうして稼ぎが悪いの?」
「稼ぎが悪いなら、今のお仕事を辞めたら?」
「私の方が稼いでいるんだから、主夫になって家事やってくれない?」
「私のお金で食べる飯はうまいか?」
私はめまいを覚えた。
こりゃ、離婚するのも無理はないわ。
「お金の切れ目が縁の切れ目」。
この名言を考えた人マジ天才。
話のオチが読めてきた私は、話したりなさそうな友人の口を開かせ、大きくて黒太い棒を口に無理やり押し込んで黙らせた。あ、ビール瓶ね笑
ビール2杯を飲んで、すっかり出来上がってフラつきながら帰る時、あることを思い出した。
「耳をすませば」カップルの仲が嫌悪に陥った時、彼女に相談されたっけ。
夏の日。
彼女の無地のシャツから見える控えめの胸。
デニムのミニパンをはき、あからさまに見せつける曲線美と白い肌の足。
そしてどこか期待している目。
「あっ、これはゴーサインや。ワイは選ばれたんや。」
私は少年だからこそ、直感的に、性的に、チンピクで即悟った。
なんで私につばをかけようと思ったのかは分からない。マンネリか当てつけか、または別の意図か。
私は彼女の肉体を舐め回すようにして見つめた。
大人になる前の肉体。
花が咲く前の芽のように魅力が開花しておらず。
肉付きが足りず、たとえ抱き心地が悪かったとしても。
同じく10代。
ひと夏の過ちを犯せそうではあった。
今風に言えば、寝取り。うーん、いい言葉ダネ!
しかし私はウブなふりをした。
クソ真面目に相談にのり、「彼氏さんを大事に!」を連発し、さっさとお別れした。
なんで狼にならなかったかって?
あれだ?あれじゃん?
私だって、あのカップルにしか立ち入れない世界、二人だけの場所、お互いの大切な宝物に手を出すほど腐ってはいなかったからだ。
ま、彼女さん、いや、元奥さん、元気でやってるといいな。また新しい恋が見つかるといいな。俺は応援してるぞー。
だが、彼氏、てめーはダメだ。許さん。男の嫉妬は死ぬまで続くのだ!
以上ー!
文字数2242文字
所要時間1時間28分