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上段回し蹴りで地球を救うふりをするブログ

読者たちが「クスッ」と笑えるようなおバカブログを書いています。あ、上段回し蹴りと地球は全くないです笑

もしあの有名画家ゴッホがブロガーだったら?

私たちブロガーはブログを書いている。様々な出来事、面白い記事、興味ひかれるモノを書いている。私たちブロガーが書いたブログを、非常にたくさんの方々がPCやスマホを通じて、覗いていく。では私たちブロガーは、一体どういった理由で書いているのだろうか?交流?趣味?ストレス解消?日記代わり?

 

私なりの結論から言おう。80%が「もっとアクセス数が欲しい!もっとブックマーク数が欲しい!」や「アドセンスでお小遣い稼ぎをしたい!」といった動機からきているだろう。すごくいやらしい話で申し訳ないが。

 

ドンドン伸びていくアクセス数、ドンドンつけられるスターやブックマーク。これが「ああ、自分が認められている!好評を得ている!」と快感の虜になる。ハマる。やめられない。現に今も、「あなたへのお知らせ」アイコンを常に気にし続ける私がいい例だ。

 

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もちろん私はその動機を決して馬鹿にしない。むしろネットという場所で自己表現するために、常に頭を必死に働かせ、数少ない時間を確保し、そして熱い気持ちを込めて記事を書き続けているのだと、同じブロガーとして敬意を払っている。

 

私自身、合計アクセス数が15000を超え、一日アクセス数も300~500、読者数も100人超えと、まぁ、人並みには頑張れていると思う。有名ブロガーからしたら、ほんのちっぽけだが結果は残せていると思う。そんな私だから言えるが、「もし自分のブログが誰にも評価されなかったら?」と思う時がある。

 

一日アクセス数が少なかった時、スターやブックマークが少なかった時、「あれっ、今回の記事は不評だった?」と落ち込むだろう。私なんか、スター数が50以上あった日はご機嫌になり、逆にスター数が30以下だった時はヘコむし、鬱になる。

 

そんな時、私はふとある画家を思い浮かべる。彼の名はゴッホ。フィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホ。彼の名を知らない人は少ないだろう。19世紀に生きた画家で、ポスト印象派として今でも世界的に有名な画家。歴史に不朽の名を残した画家。

 

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そして彼の別名は「悲運の画家」。簡単な話である。彼が生前中は全くの無名画家だった。信じられない話だが、彼の絵が売れたのはたった一枚だけ。友人の姉が400フラン(今の価額で言えば約4000円)で買い取った「赤い葡萄畑」だけのみ。

 

彼が生前中に描いた作品が約860点。しかも素描(デッサンの下書き)は1000点以上。これだけの熱意を込めて、非常に多くの作品を描いた。でも結局は周囲に評価されることなかった。彼は自分の絵を否定され続けたことから、精神的に不安定になり、自らの耳たぶを切り落としたり、精神病院に入院したりした。それでも絵を描くのは決して止めなかった。

 

そして1890年7月に彼は自殺を図り、37年間の生涯を終えた。

 

彼の死後、彼の遺作ともいえる絵をまとめた「ゴッホ回顧展」が好評を得て、そこで有名画商人の目に留まり、初めて彼の絵が認められた。ゴッホの絵の素晴らしさ、ゴッホの画家としての才能が認められ出した。彼の死後に初めて。

 

そして彼の名声は急激に上がり、あの名作「ひまわり」が3950万ドル(約40億円)で落札されるなど、彼の地位を不動のものにした。しかし、彼はそれを知ることはなかった。自分の絵の価値を、自分の才能を知られることなく、生涯を終えた。

 

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このはてなブログにたとえるなら、どれだけ素晴らしい記事を書き続けても認められず、スターやブックマークも全くつかず、人気エントリー記事すらされず、アクセス数すら5~10の状態のようなものだ。彼が約2000記事を書き続けたのにも関わらず。

 

普通の人だったら、100記事を書いた時点で全く評価されなかったら、嫌になって挫折し、投げ出すだろう。しかし、ゴッホは死ぬまで決して投げ出さず、最期まで記事を書き続けたかもしれない。結局、生前中は無名ブロガーのまま死去したとしても。私はゴッホのそんな生き様に強く胸を抉られる。グサッグサッとくる。

 

私は読者を楽しませたい。笑わせたい。1000万人以上の方に、「アキオのバカなブログ、おもしれ~!」と思わせたい。その一心、初志貫徹の精神は、ブログを書き始めた当初から忘れていないつもりだ。

 

しかし、やがて読者に私の記事が飽きられ、私の記事が評価されなくなったら?私はゴッホみたいに、文字通り死ぬまで記事を書き続けられるのだろうか?諦めないのだろうか?いや、無理だ。到底自信がない。99%挫折すると思う。

 

ゴッホみたいな名記事を書き続けていても、周囲に気づかれず、あるいは評価されず、歴史の片すみに名も無きブロガーとして、忘れ去られていく。きっつー。

 

私がこのようにして悩んでいるのだから、他のブロガーたちも、私以上に苦悩し、常に自分と闘っているだろうか。その目標を達成するまで、諦めてはいないだろうか。強い意志を保ち続けているのだろうか。踏ん張っているのだろうか。

 

最近、私にはよく分からなくなってきた。記事を書く意義が、自分の中で薄れつつある。何のために記事を書く?惰性で書いてはないか?常に読者を楽しませる工夫はしているのか?読者たちの魂を打つ記事を書けているのか?ああ、私の心が少し折れかけている。すっかりネガティブ気味だ。

 

否、このまま暗い気持ちで一日を終えたくない。せっかくの三連休を無駄にしたくない。というわけで、今からこの場所にいきたいと思う。今一度自分自身を見つめ直し、このもやもやしつつも荒ぶる魂を昇華させ、賢者のような悟りを得るために。

 

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うーん、こっちも捨てがたい。悩む!

 

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以上~!(^q^)

 

文字数2318文字

所要時間1時間23分